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東京高等裁判所 昭和52年(う)2313号 判決

被告人 綿貫キミ子

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件公訴の趣意は、検察官大西郁夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人井上正泰作成名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、ここに、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決が、被告人の賭博を肯認しながら、その常習性を排斥したのは、事実を誤認し、法令適用の誤りをおかしたものである、というのである。

まず、原判決を検討すると、原判決は、被告人の原判示遊技機による賭博の事実を認定したものの、その賭博の常習性を排斥し、被告人を単純賭博罪で処断していることは所論指摘のとおりである。そこで、被告人の原判示の賭博に常習性が認められるかどうかについて判断すると、原判決挙示引用の関係証拠、ことに、原審証人磯野音松、同渡邊芳夫の各供述、渡邊芳夫の検察官に対する各供述調書謄本、清野延孝、長谷川千里、永井威、被告人の捜査官に対する各供述調書(謄本を含む)、実況見分調書謄本、当裁判所における事実取調べの結果、ことに、司法警察員作成の「賭博遊技機設置状況等の捜査について」と題する書面、清野延孝の検察官に対する供述調書、被告人の当公判廷の供述によれば、次の事実が認められる。すなわち、

原判示の「ラツキー」と称する遊技機は、電動式であつて、被告人は賭客の申込みにより、現金一〇〇円につきコイン一個の割合でコインを貸与し、賭客は、そのコイン一個ないし七個を適宜に同遊技機のコイン投入口から投入し、自己の予想する番号を表示した「登録ボタン」を押したうえ、「スタートボタン」を押すことにより同遊技機が始動し、同遊技機の走行表示盤の上を電気が五秒ないし一〇秒間自動的に点滅して停止し、賭客の予想した番号と右走行表示盤に表示された番号とが一致すれば、コイン一〇個ないし一〇〇個が同遊技機下部の受皿に流出してこれを賭客が取得し、被告人から右同様の割合でその換金を受け、もし、右番号が一致しないときは、投入コイン全部を失う仕組により金銭の得喪を争うものであること、被告人は、昭和五〇年九月初旬ころ、渡邊芳夫から、右遊技機の特性、これを利用した賭博の方法などを具体的に教えられたうえ、「賭博によつてえた利益のうち四割を取り分として与えるから、この機械を置かせて欲しい」旨の申込みを受けるや、同遊技機を利用する客がその設置者との間にその機械の作用する全くの偶然により金銭の得喪を争うことができ、しかもそのことが不特定多数の客を対象とすることにより反覆して行うことができる賭博の道具たる機能を有することを知りながら、自己の経営する原判示の飲食店「食堂・君の家」を訪れる不特定多数の客を相手に同遊技機を使つて金銭の得喪を争い、利益をあげようと考え、右渡邊と原判示の共謀のうえ、同遊技機一台を同店内に設置して、そのころから同遊技機を自ら管理し、かつ、これを利用して、翌五一年一一月一〇日ころまでの約一年二月の間、延べ約一三〇人の賭客を相手にその都度原判示の賭博行為を行つたこと、被告人が同遊技機を使つて賭客と賭博行為をするに当たつては、同遊技機が電動式であつたことから、その都度同遊技機の電気コードを電源につないで作動するようにしたり、あるいは、「食堂・君の家」の営業時間中は同遊技機の電気コードを電源に継続してつないでおき、いつでも同遊技機が作動するようにして設置し、同遊技機の操作がわからない賭客に対しては、その遊技方法及び現金一〇〇円につきコイン一個の割合で交換することなどを説明し、その割合で現金とコインを交換し、賭客の相手方となつていたこと、その間、このような方法で約五万円の収益をあげ、右渡邊から前後約九回にわたり集金を受け、当初の約束どおりこれを四分六分の割合で分配を受けて合計約二万円の利益をえたものであることが認められ、この点に反する被告人の原審公判廷における供述並びに当公判廷における供述はたやすく措信しがたい。してみれば、原判決も認定するように、被告人が賭博の犯意のもとに原判示の賭博を敢行したものであることは明らかである。

ところで、常習賭博罪における常習とは「反覆して賭博行為をする習癖」をいい、その常習性を認定するに当たつては「特定の資料、ことに、賭博の前科があることを要するものではなく、被告人の所為自体において賭博の習癖が存するものと認定できればよい」とするのが判例上確定されたものであることは所論指摘のとおりであるところ、被告人には賭博関係の前科はないけれども、被告人は、本件遊技機の賭博性が強く、その性質上自動的に賭博行為を反覆累行する機能のあることを十分認識しながら、この機械を設置することにより利益をあげようとの意図のもとに、これを自己の店舗内に設置し、前後約一年二月の長期にわたり、延べ約一三〇人の賭客を相手方としてその都度賭博に応ずる旨の意思決定のもとに、現金とコインを交換し、多数回にわたり原判示の賭博行為を反覆累行した前記認定事実に照らすと、被告人の本件賭博行為自体から被告人の賭博意欲が習癖化していたものと認めるのが相当であつて、これを目して原判決の説示するように単一意思の発動による連続行為であるにとどまるものと速断することはできない。したがつて、被告人の賭博の常習性は優にこれを首肯することができるのに、これを排斥した原判決は、事実を誤認し、ひいては法令適用の誤りをおかしたものであつて、この点で原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い被告事件につき更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、肩書住居地において飲食店「食堂・君の家」を経営しているものであるが、リース業者渡邊芳夫の提供する「ラツキー」と称する賭博遊技機を同店内に設置して同店の客を相手に同遊技機を用いて賭銭博奕をしその勝金を一定の割合で分配することを同人と話し合つて、同人と共謀のうえ、常習として、昭和五〇年九月初旬ころから翌五一年一一月一〇日ころまでの間、右店舗において、同所に設置した右遊技機一台を用い、清野延孝ら延べ約一三〇人の賭客を相手として、多数回にわたり、賭客と現金一〇〇円につきコイン一個の割合で交換して所定のコインを賭客に渡し、賭客をして一回につきコイン一個ないし七個を同遊技機のコイン投入口に入れさせて、賭客の予想した番号の「登録ボタン」及び「スタートボタン」を賭客に押させ、同遊技機が始動して、偶然に勝負が決し、その結果、予想の番号と同遊技機に自動的に表示された「走行表示盤」の番号とが一致すれば、コイン一〇個ないし一〇〇個が同遊技機下部の受皿に自動的に流出してこれを賭客が取得し、そのコインを右の割合で換金し、右番号が一致しないときは、投入コイン全部を賭客が失い、その数に応じた右の割合による金銭を自己の所得とする方法で勝敗を争い、もつて金銭を賭して賭博を行つたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は刑法六〇条、一八六条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内において、被告人を懲役三月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、同二五条一項を、原審における訴訟費用の負担につき刑訴法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口正孝 金子仙太郎 小林眞夫)

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